怒涛の10月初めの3日間でした。

 暦は早くも10月です。神無月ですね。出雲では全国神様サミットが行わrウェているのでしょうね。

ざま災害ボランティアネットワーク(ZSVN)は、公社SL災害ボランティアネットワークの受託事業を2つこなしてきました。

 

 実は、今年はZSVNでは、2人の体調不良者がいまして戦力的に落ち込んでいます。

しかし、行いの良い仲間の団体には良いことがあるのです。2月の公社SL災害ボランティアネットワークが開催しました、SL県央相模原講座を修了した3名の方が、ZSVNのメンバーに入ってくれたのです。

1名の方は現役でありなかなか平日の活動には参加しにくい状況ですが、Kの二乗の2人の方は非常に意欲的に活動に参加してくれます。今回の二つのイベントにも参加してお手伝いしてくれました。最初は何もできなくてもよいのです。参加する中で自分の特性に合った分野の活動を探していただければよいと思っています。

 

① 県立座間高校宿泊防災訓練への支援

 10月4日から5日は、県立座間高校の宿泊防災訓練でした。

参加者は生徒約30名、先生10名、地域の方(近隣自治会)5名、座間市職員3名、ZSVNメンバーが6名が参加し総勢約55名の訓練が行われました。

 

本訓練は、4月から数回にわたりZSVNと学校が打ち合わせを重ねて訓練計画を詰めて、詳細計画を作り上げてきました。学校の担当者であるN教諭、M教諭の熱意にはこれはこちらも負けずに応援しなければならないという気持ちがわいてきました。

 

 現実には、避難所は公設・民営であり、学校の生徒は災害時には「守られれる対象」となります。しかし、彼らも年々成長をして行き、やがて社会人となって自発的行動ができる人になるはずです。その予備的な体験としてこの訓練を成功させたいというのが担当教諭の思いでした。

当初、何を中心に進めるかということでっ学校と私たちと意見が分かれましたが、結局は「クロスロード・HUG」を中心に避難所に避難してくる人を迎え入れて事情を聴きだして、その被災者をどこに収容するのか・・というトリヤージュを行うこと。その間に提示される様々な外的要因に対してどうやって対処するのかについて考えてもらうことにしました。

 

実際には、私たちのレッスンプランも若干の未消化の部分や、学校とのタイムテーブルの擦り合わせが不十分な点もあったことから必ずしも、先生方の狙い通りになったかという評価は振り返りの会議でお聞きして今後の役に立たせたいと思っています。しかし、生徒の反応は決して悪くなく興味を持ってくれたと思っています。

 

座間市も、ZSVNも基本的には、災害が発生しても、避難所に来なくてもよい安全な生活空間を作り上げておくことが大切であるという、「気づき」に気づいてほしいというのが願いです。果たしてアンケートの結果がどのようなものになるのか楽しみにしています。

 

事前打ち合わせで私たちが強く願した、訓練中の作業の安全管理、素手での作業厳禁。災害食の体験、配食にあたって、衛生管理を厳重にすることだけはお願いしてきました。これについては本当によく守ってくれました。私たちが展示した、避難所内への三角テントの設置作業も、軽々とやってのけてくれました。

 

私たちメンバーは、5日は21時まで活動をして、自宅へ戻りました。翌朝は6時に再度集合して災害用炊出し袋による作業を支援しました。いつも持参するメジャーや漏斗をあえて忘れて、現場で使用済みのペットボトルを使ってメジャーを作って作業をすることも見てもらいました。炊飯係の家庭科の先生もなるほどという顔をされていました。

焚きたてのご飯によるおにぎりとみそ汁で各人それぞれ語り合いながら朝食摂っていました。

朝食、避難所の清掃を済ませていよいよ振り返りの時間が始まりました。これも驚くほど充実した形でまとめてくれました。私たちも先生の授業の進行方法を学ぶことが出来ました。ありがとうございました。

そして、各グループの発表が行われました。これも、さすがに座間高生という感じでまとめていましたし、各班の発表も持ち時間の3分を見事に使い切り、避難所の意味合い、災害についてもっと知りたい、避難所へ来ないという意味が理解できたさらに、将来への展望を含めて提案が行われました。

その一つが、生徒会の中に「防災を考えてゆくグループ」を作って地域の方々と交流出来たらという意見が提示されました。素晴らしいことです。これこそが学校における「自助」でありまた地域との「共助」の実現につながることだと思いました。

 

私も、講評を求められましたので私からは、素晴らしい活動だったこと。もう一つ、この地盤の脆弱なことをきちんと理解して欲しいこと、隣には座間養護学校があります。災害時に特に助けが必要な方々が学校生活を送つています。ぜひ、何かあった時には、我が身を守り、友人を守りあった後に、養護学校と連携して支援体制ができるような形になって欲しいことをお願いしました。さらに、私たちは一人では生きてゆかない。社会的にも健常者と障がい者などがうまく循環できる社会の創造にも目を向けてほしい。この行事が、継続されることを願ってということで終わりにしました。

 

最後に、校長先生から、ご自分の若い時代に受けた被災体験をもとに災害の恐ろしさ、助け合う大切さについてお話をされ、今回の取り組みについて素晴らしい成果だったと思う。今後この学校の存在価値を高めるものにしてゆきたいと思うということを話されました。

 

 この企画を計画、推進担当をされたNそしてM教諭の情熱には感動を覚えました。

こういう学校とつながることが出来てことを幸せに思っています。ありがとうございました。参加してくれたメンバーの方もこの体験を通じて加入した団体ZSVNの存在価値の大切さを知っていただけたと思っています。引き続きお願いします。

 

②愛川ふれあいの村「ファミリー防災キャンプ支援事業」

 

 5日から6日は、標記の事業の支援に向かいました。9時20分に座間高校を後にして会員は、13時愛川集合ということで別れました。

私は、訓練で使用した資機材を倉庫に入れて自宅に戻り改めて愛川町に向かいました。

12時40分ごろには会場へ入りました。身体の節々が痛みを感じています。悔しいけど仕方がないですね。この事業は、ふれあいの村が毎年開催している企画でしたが、今年は、県の広報に掲載されなかったために参加家族は例年を大幅に下回り約10家族でした。

 

この訓練にも何回かの打ち合わせが行われましたが、今一つ、私たちが持っている災害に関するコンセプトと防災キャンプという先方のコンセプトの間のずれが埋まらないままになりましたが、私たちは依頼されたパートについては全力を挙げて取り組もうという思いで参加しました。

 

三角テントの展示とファミリーの希望者に体験をしてもらいました。その後、避難所というものがどういうものなのかということを熊本益城町の総合体育館の例を取って話しました。さらに、被災するということについて、特に東日本災害の写真を参考に話をしました。驚いたことには「大川小学校の悲劇」について知っている方が2名しかいなかったことでした。

一通りの説明が終わりましたので、保育園や児童ホームをを利用されている方がいると思いますが、引き取りの順番を考えていますか?と質問しました。「小さい子から」とか「大きな子から」という声が聞こえてきました。

私は、それは災害というイメージがご自分のものになっていないから答えられないのだと思います。決して急いで引き取りに行く必要はないのです。児童ホームや保育園は最後まで責任をもって預かってくれるのです。

 

もしあなたが、子供を引き取ってから家に戻り家の中を片付けることを考えてみてください。「家具や危険物が散乱している中に子供をどこに置くのですか?」第一、キャップ式のライトはお持ちですか? 片手に懐中電灯をもって一人でどうやって片付けるのですか? というと「ああそうか」という顔が見えてきました。

先ずは、我が家の被害状況を確認して、子供が安全にいられる場所を作り、厚手のブルーシートなどで安全な場所を作ってから引き取りに行かなければならないのです。

 

災害というものは自分の都合よい形で被害は出ないのです。そのように、災害の本質をきちんと見極めることが防災ということにつながるのです。

と言いながら、「TVを固定している方?」と質問すると数名が手を上げました。どうやって固定していますか?というと「粘着のジェルシートで」という答えでした。

 あのシートには経年劣化があります。固定は必ずワイヤーを使って、TV台につなげることが大切です。

「ガラスの食器棚を使われている方?」とお尋ねするとパラパラと手が上がりました。

 

備えで一番大切なことは「出す」ことに備えなければならないのです。

次は、「飲む」ことです。

そして「食う」ことです。

さらに、デマに窓合わされないようにするために信じるに値する情報を入手することです。そのためには「電気」も自助しなければならないと思っています。

今日は会場に私たちが取り組んでいる「マイ発電所PJ]の成果物を展示しています。

この程度のもので十分です。携帯、スマホ、PC、プリンター、トランシーバーの電源や灯りが取れます。何よりも乾電池のゴミが出ません。このような備えをせざるを得ない状況にあります。原発は頼れません。電気は輸入できません、発電機は夜は回せません。などということを話させていただきました。

 

ちょっと厳しいかなと思いましたが、確実に首都を襲う地震を前にあまりにも呑気な雰囲気に危機感を感じました。

 

終わって、相談コーナーの時間ですが、皆さんお疲れなのか数家族の方が、熱心に質問をされてきました。写真を撮ったり、値段を聞きに来られました。

このイベントは、もう一歩深堀をする必要があるのではないかと感じました。

21時 後にして自宅へ戻りました。

 

6日は、「ナマズの学校」のゲームが行われました。ZSVNから指導員が参加しましたが時間的に短く物足りない中途半端な感じだったようです。

こうして、連荘の宿泊訓練を行ってきました。参加された皆さん本当にご苦労様でした。

 

 怒涛の3日間はこうして終わり、月曜日からまた新しい打ち合わせが始まります。市内自治会や学校からのオファーが並んでいます。さらに、たい焼きPJも動きます。はーっ。