座間市にも社会福祉協議会の地域活動団体として「地区社会福祉協議会」という「地域をつなげる塊」があります。
自治会、民生委員をはじめ、介護ボランティア障がい者支援者などなど様々な方が参加しています。ざま災害ボランティアネットワークなその塊の中で、「災害の時どうやって繋がろうか」ということを目的として参加させていただいています。
座間市も地域の高齢化が進んでいます。さらに、若い住民の方々が「リアルな関係」のつながりではなく「バーチャルな関係」のつながりに変化しているように感じます。それは、社会情勢がそうさせているのだと思います。これについて「こうあるべき」だということは申し上げないようにしています。
私たちは、難しいことはわかりません。近隣の人とつながって災害の今日を生きるための食事、生きながらえるための食事をどうやってゆくのかという視点で取り組んできました。
「炊き出し袋」の先陣を切ったものは確か日本赤十字の作った「ハイゼックス」と呼ばれている商品です。私たちは後追いになりましたが、工夫を加えて新しい形で皆様に提供させていただいています。座間市役所の売店や座間市内の相武台前駅南口にあります、コミュニテイーカフェ「LINKS]の中の「本気防災備え亭」、公社)SL災害ボランティアネットワークでも販売をしています。最近はこの商品に似たようなものが出ています。発売元は大手さんなので宣伝もされており「ポリ袋 災害食」とか別の会社の商品には警告表示がなされていますが、利用者が「冷凍用に作られたチェック付きの袋」を使った食事方法などの普及活動をされています。怖いです。安全な機材を使って行うことが災害時には大事だと思います。
私たちの取り組みは、貴重な食材を、限られた水の量で、効率よく食べられることを目指して活動をしています。ボイル作業で使う水は「お風呂の残り水」でも大丈夫です。使われている袋の素材は「ポリプロピレン(通称PP)」製の素材で作られています。ポリ袋とは全く異なる素材です。130℃の高温に耐えられるものです。熱源が乏しくなります。水も限定されます。衛生状態も芳しくなくなります。その中で貴重な食材を入れた袋が鍋肌に付いた瞬間に熱で鍋の中に散ってしまったらどうでしょうか? 過酷な災害の中で、手数をかけた調理は複雑に手数を変えるほど衛生状態は確保できなくなります。食中毒が最大の敵です。シンプルで、無駄なく調理してあたたかい食事を提供できなければ「非常用炊き出し袋」とは言えません。少し、時間が経過し地域に安全の目途が付いたら今度は、食事を楽しめる機能も必要だと思います。ちょっと工夫をすれば華やかに食べられる中で「笑顔」が増えてゆきます。
「パンプディング」「パスタ類」「蒸しケーキ」などもできます。このようなことが、次に向かって生きてゆく希望につながる食事こそが「災害食」だと考えます。
今回は、地区社協のメンバーの方がチームを作って、公社)SL災害ボランティアネットワークが制作したレシピ集を参考に試作を重ねて作った食事でした。もう一つは、社協活動は地域の「見守り活動」に重きを置いています。
すでに地域では「独居」「老老生活者」が増えてきています。そんな食事会に「災害食」という考え方があるのだよということを知っていただくことも目的としていました。炊き出しには時間がかかります。(浸し時間、ボイル時間、蒸らし時間で30+30+30)を標準としています。
その待ち時間に、「災害と食事」、「食事と健康、健康を維持するための知恵」の話をするイベントにしました。
提供する、ご飯も「米」と「五穀米」2種類の「お結び」を考えたようです。彩を添えることで気持ちが華やぐのではないかとの心遣いのようでした。副菜も基本は炊き出し袋を使った調理で行いますが、ちょっと時間と、衛生の課題がクリアできないということで別の調理でパック詰めする方法を取りました。安全・安心を優先しました。
参加された方は、約40名でした。「食べるだけのお客様」ではなく「当事者」として炊き出し袋にお米と水を入れ、空気を抜いて輪ゴムで口を縛る作業をしていただきました。「こんな袋で ご飯が炊けるの?」とか「米、研がなくてもいいの?」「水の量はこんないい加減な測り方で大丈夫なの?」という声が聞こえました。皆さん、いまも現役の調理人なので視点がきびしくなるのでしょうね。
袋に入れられたお米は浸し作業を経て、寸胴の中に入れられて茹でられます。
ざま災害ボランティアネットワークは団体として活動を始めたのは2008年7月です。本格的な活動は、2011年3月の東日本大震災の被災地への支援活動からです。しかし、私自身は、阪神淡路大震災(業務として関与)、中越地震、中越沖地震(ボランティアとして関与し始めた)からスタートしています。
何にも分からない中で、被災者と直面して、会社では偉そうなことを言っていましたが、「自分が災害について」何も知らないことを知ったことで「災害を学ぶ」つながりを作り仲間を巻き込んでこの活動にのめりこんでしましました。
災害の時には、何が一番なのか・・・「排泄行為」の重要性を知りました(中越地震)。
水の供給が途切れるということが人間にとってどんなに大変なことなのかということは阪神淡路震災や富津の活動で知りました。マンションに防災用の井戸を掘削しました。
食の大切さは3.11の時の活動の中で知りました。特に、通常の食事が行き渡ると、人々は「甘いもの」が欲しくなるのです。それが、ざま災害ボランティアネットワークの「たい焼き活動」の起点となりました。
電気の必要性は、2019年の房総半島の風害の時の現地の方々の切実な声の中で知りました。これをきっかけに「マイ発電所プロジェクト」を立ち上げて活動をしています。
私たちの活動は「バーチャルな防災活動」ではなく被災地の中で拾い集めた「リアルな災害」の中かの経験の上で得た知識と技を通じて市民の方々に伝えているもので巷に言われている「防災常識」とはちょっとかけ離れていると思いますが、市民の力でできることとして「6つの備え」と「おうち避難の勧め」を啓発普及しています。
「べき論防災」からは距離を取らせていただいています。目線は低く地を這うような活動だと思います。
災害食については、すでに「学会」までできて専門家の方々が実際に被災地にお入りになってご指導をされていますが初動期の状況はご存じないのが実態です。
先輩の活動家の話で「たった、一匹のたい焼きを1時間待って並んで涙を流していたじいちゃんの顔を忘れられない」ということでした。私たちも、原発避難者の会津若松、いわき市の仮設住宅でも同じ声を聴いたり、激しい「県内差別」の訴えを聞いてきました。そのような思いの積み重ねが今日の活動につながっています。熊本、朝倉、真備、総社、丸森などの活動はこのようなうえで成り立っています。
「災害食弁当」の出来上がりを待っている時間に、「災害と災害食」「自分の住んでいる地域の真の姿」についての考え方をお話しました。
多くの、みなさんは、「災害だそれ避難所へ行こう」と考えていると思います。しかし、避難所に行っても誰もいませんよ。そんなに簡単に避難所は開設できないのです。
そもそも、空き家になった家の中にある食料はどうなるのですか?
冷蔵庫、冷凍庫、野菜などの保管箱の中にある食材はどうなるのですか? こんなに、食べることができる食材を放りだして避難所で何を食べるのですか?と質問をしました。
おうちの中は大変な状態だと思いますが、「建物を頑丈に」「中味を固定する」「ガラス飛散防止対策」を取る。そして「6つの備え」の知恵と備品を使えば在宅生活は継続できるはずです。電気もない中で避難所のトイレを考えてみてください。
今日ここにきている方は、昭和世代の方がほとんど、しかも「木製の氷を箱の上段に入れる」「冷蔵庫」をご存じのなたばかり・・・子供の時に、なんで氷を上段に入れるのだろう?と考えてことはありますか? 冷気は重いので上から下へ流れるから、箱の上段に入れたのです。
災害時にはこの「知恵」を生かさなければ生きてきたことが無駄になります。皆さんの中には「〇ス〇〇」で冷凍品を買い溜めている方もいるでしょう。災害が起きたら、電気が切れます。冷蔵庫は瞬時に役目を果たせなくなります。決してそんなことはないのです。
冷凍庫に詰まっている食品をビニールの袋の中に入れて、冷蔵庫の上段に置きます。こ冷気が氷の役目を果たします。そして、冷蔵庫の中にある比較的賞味期限の近いものでおかずを作って、炊き出し袋のご飯で栄養バランが確保される食事をとることを考えなければならないのです。
周囲の安全が確保されたら「避難所」などに行かないでご近所に声をかけて、「持ち寄り炊き出し」をするのです。
「炊き出し」というのは「安否確認」の機能も持っています。出来上がった食事を配るときにチェックをして、来ない人、来られない人を確認すれば「安否の確認」もできるはずです。いつも同じことを話します。私たちは、減災活動、発災対応の「伝道者」だと思っているからです。
私たちの、チームには「看護師」さんもおります。この方から、災害関連死を避けるための話をしてもらいました。災害関連死の大きな要因は「肺炎」です。避難所の空気は最悪です。十分な換気ができません。電気がないので掃除機などを使った清掃もできないのです。そこで生活をしていれば、高齢の方は持病もあるので肺炎の危険性は高くなります。口腔ケアという言葉が一般的なっていましたが、とにかく限られた水を使ってもいつも口の中をきれいにしておくことがいのちを永らえることにつながりますという話をしました。
後ろの方では、スタッフの方々が食材をパッキング始めました。ちょっと、ボイル時間、蒸らし時間が足りなかったものが出て全てがきれいに炊き上がりませんでしたが、素早い速度で「お結び」が出来上がり、副食がきれいに並べられました。食後のデザートは羊羹でした。いろいろと考えられたようですが、時間が不足してデザート開発まででが回らなかったようですが、手が空いたスタッフが、お味噌汁のカップとお弁当の配食をしました。
「どうぞ召し上がれ」の声で、皆様お話をしながら召し上がってくださいました。
「このお米がさっき袋に詰めたものなの?」「洗わなくても何でもないのね」「おいしい。日本人はあたたかなみそ汁がいいね」…会場には様々な感想の声が上がっていました。
初めての取り組みでしたが素晴らしい仕上がりでした。他地区の地区社協さんの役員の方が私のところへ来られて、「私の地区でも企画したいのでその時はよろしくお願いします」「市の災害対策の状況がよくわかりました」「防災を地域で見直しの声が出てきたのでぜひお願いします」などというお話を伺いました。私は、まだまだ仕事があるのかなとおもぃました。わがチームのスタッフも平日の活動者が少ないので苦労も多いのですが、やり終えてほっとしていました。
地域で「この指とまれ」と手を上げてくれる人がいるだけで、きっかけができます。ささやかな活動の積み重ねが大きなうねりになるはずです。私たちのスタンスは、72時間(「いのち」の時間)行政に負担をかけないで行政の仕事がスムーズにレールに乗ることが大切なことを言い続けていいます。
地区社協も新陳代謝があるのですが、沈んでしまって浮かび上がってこない社協も知っています。自治会活動は大事だと思いますが、あまりにも行政の下請け的な仕事が多くなってきています。本来は行政が行うべき仕事であるはずの部分もかぶせてきています。
新しい時代の「地域の塊」は「チャンプル」でなければだめだと思います。△組織は限界です。△の頂点が高齢化でいなくなれば次にバトンタッチできないのです。地区社協というのは、さまざまな意識の方が混ざり合って地域の課題を解決することに向かっています。ぜひ、この中で「防災(あまり好きな言葉ではありませんが)と防犯」を目的とした塊・・・自主防災・防犯会が地域の推進力になってゆくのではないかなと思うのです。
そして、人生100年時代といわれています。任期のない活動者で、楽しいからつながる、この分野は教えてあげたいからつながる…という形で参画するのが新しいあり方だと思います。
避難所は必要ですが、「食事は女の仕事」的な考え方では運営はできません。楽しく年代を超えて参加できる、参加するからこそ「お祭り」が続いているのだと思います。お祭り運営者は任期なんて考える人はいないはずです。
新しい街の姿を模索して、その中で万一に備える力を日常から積み上げるこが地域防災力ではないかなと改めて感じました。
主体的に動いてくださったスタッフの方々に感謝しまっす。私たちの組織を使ってください。そのつながりがやがて必ず来る大規模災害を乗り越える力になると思います。
ありがとうございました。
写真の中には、今日の取り組みでは手を付けなかった写真も含まれています。














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