「凪に火が灯るころ」上映会を終えて
― 奥能登・珠洲の記憶と、私たちへの問い ―
4月11日。
まるで初夏を思わせるような陽気の中、映画「凪に火が灯るころ ~奥能登・珠洲の記憶~」の上映会を開催いたしました。
当日は市内各所で多くのイベントが重なる中、約80名の皆さまにご来場いただきました。100名規模の会場を用意しておりましたが、それでも十分に熱気を感じる時間となりました。ご参加いただいた皆さまに、心より御礼申し上げます。
■ 能登の再生に向き合う人々の姿
本作品は、決してわかりやすい構成ではありません。
しかし、見進めるにつれて、珠洲の人々の「迷い」「葛藤」「揺れ動く心」が、静かに、しかし確かに伝わってきます。
過去の震災の中で、それでも地域を再生させたい――
その核となったのが、能登に受け継がれてきた祭り文化、特に「キリコ祭り」です。
地域の未来をどうするのか。
残るのか、離れるのか。
家族はどうなるのか。
かつてJR能登線が途絶えたように、地域の基盤が揺らぐ中で、多くの方が苦悩したことは想像に難くありません。
それでも人々は、議論を重ね、支え合い、ボランティアの力も借りながら、「次の世代へつなぐ」という一点に向かって歩み出していきます。
■ 祭りがつなぐ「地域の力」
コロナ禍という制約の中でも、能登の人々は歩みを止めませんでした。
規模を縮小しながらも、3年ぶりに祭りが再開され、
「あばれ祭り」「宝立七夕キリコまつり」「正院キリコ祭り」など、各地で灯りが戻りました。
避難していた人々、親戚、そして支援に入ったボランティア。
多くの人の力が集まり、キリコが掲げられ、お囃子と神楽が響く。
その光景は、まさに「再生」の象徴でした。
そして――祭りは成功します。
「もう一度、やれる」
そう感じさせる笑顔が、画面いっぱいに広がっていました。
■ しかし、再び襲った現実
希望が見え始めたその矢先、
2024年1月1日、能登半島地震が発生します。
それは、前回を上回る規模の地殻変動を伴う、甚大な災害でした。
家屋の倒壊、津波、機能停止した町。
人口の約3分の1が町外へ避難を余儀なくされました。
私たちも6月に珠洲市正院の仮設住宅へ支援に入りました。
厳しい状況の中でも、「もうだめだ」という声を聞くことはありませんでした。
しかし、その復旧の最中――
9月21日、台風による線状降水帯が襲い、
被災地は再び被害を受けることになります。
■ 「この先、どうなるのか」という問い
奥能登・珠洲は、この先どうなっていくのか。
地域の力は、つなぎ続けることができるのか。
これは決して、能登だけの問題ではありません。
もし、人口13万人の座間市で同じことが起きたとき――
私たちは何を拠り所にまとまることができるのか。
それとも、ばらばらに崩れていくのか。
この問いは、私たち自身への問いでもあります。
■ 現地とつながる時間
上映後、15分の休憩を挟み、
石川県珠洲市社会福祉協議会のご担当者とWEBでつなぎ、現地の状況をお話しいただきました。
「何を支えに再生していくのか」
その模索の中で、行政職として、そして地域住民としての狭間に立つご苦労が、強く伝わってきました。
■ 私たちにできること
首都直下地震、富士山噴火――
いつ起きてもおかしくない現実に対し、私たちはどこまで備えられているのか。
今回の上映会は、会員の発案による企画でしたが、
「考えるきっかけ」としての役割は果たせたのではないかと感じています。
■ 支援のご報告
会場では、石川県認証の缶バッジによる募金を実施いたしました。
募金総額:30,725円
・運営費(15%):4,600円
・寄付金:26,125円
寄付金につきましては、珠洲市社会福祉協議会様へ活動支援金としてお届けいたします。
ご協力いただいた皆さまに、心より感謝申し上げます。
■ 最後に
どうか「他人事」にしないでください。
災害は、どこにでも起こります。
そして――地球にはカレンダーはありません。
だからこそ、
いま、考え、いま、動くこと。
それが、私たちにできる最大の備えです。
(会場内の写真のUPは控えさせいただきました)

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